土のつぶろぐ

土の粒々から世界を考える!(ある土壌科学者チームの挑戦)

「温暖化と土壌有機物の分解」についての研究がプレスリリースされました

8月26日に僕らの研究のプレスリリースを行いました。遅ればせながら、報告します。正式には「温暖化により土壌有機物の分解速度がどれくらい加速されるか、その要因を解明ー地球温暖化予測の精度向上に役立ちます」というタイトルで、農環研のHPから見られます。 

 

内容がなかなか複雑なので、プレスリリースするのはどうかと迷いました。しかし、①一般に目を向けられることが少ない土壌について知って貰うよいチャンス、②プレスリリースするってどんなものなのか知りたい、③自分が大切・面白い!と思ってやっているかなり専門的な(密教的な、マイナーな)研究の成果を、一般市民にどの程度伝えることができるか知りたい、という思いから挑戦してみました。

 

しかし、一般向けに、しかも短い文章で専門的な内容を説明するのは、非常に非情に大変だった!自分の文章力のなさを痛感し、良い勉強になりました。一番むずかしかったのは、当然ですが、内容を単純化しなければならない点です。字数制限があるため、多少強引に(つまり不正確に)単純な話にまとめないといけなくなり、苦しみました。

 

最後は、「正確だが、長くて難しくて誰も読んでくれない文章」と「不正確な部分を含むが、分かりやすい読んでもらえる文章」を書くかの選択です。そして、プレスリリースをするからには、後者を選ばなければやる意味ないよね、という話になります。ただここは難しい点で、正確で分かりやすい短文になる研究成果(例. 新種の発見、新技術の開発)しかプレスリリースすべきではない、という意見もあるかもしれないですね。

 

正直、今回の内容がプレスリリースに相応しかったか、皆さんの意見を聞いてみたいところですが、一般論としては、複雑な事象についてでも、地球温暖化のような社会的関心事に関する新しい知見であれば、その内容をできるだけ噛み砕き、非専門家でも分かる形で公開することは有益だろうと思います。一般市民、政治家や官僚、専門領域の違う科学者、作家など、誰かがその専門的なトピックに興味を持った時、分かりやすい資料は大切です。

 

さて、自分の話に戻ると、何度も多くの人達に直して貰いようやく出来上がり、プレスリリース発表。こんな複雑な内容を果たしてプレスが取り上げてくれるだろうか?とも思っていたのですが、日本農業新聞日刊工業新聞が掲載してくれました。あとウェブ上で、幾つか。

 

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しかし、農業組合新聞(JA.com)では、「温暖化による土壌有機物の分解速度を解明」という、一部というか根本的なところを誤解した記事になってしまっていました。誤解されないようにとあれだけ分かりやすく書いたつもりなのに。。。

 

その記事を読んで、さらにこのブログに行き着く人は皆無に思えるけれど、どこが誤解かというと、まず「速度」は、測定したり、予測したりするものであり、解明するものではないです。そして、分解速度については、これまでに膨大な研究蓄積があり、そこそこの精度で予測できる数理モデルが既にあります。今回の研究の重要なポイントは、分解速度が、気候変動などによる温度上昇に対してどれぐらい加速するか(これを分解速度の温度係数とか温度依存性と呼びます)を決める要因について、新しい知見が得られた点です。その背景には、現在使われている予測モデルの中で、温度依存性を計算する部分が、不正確ではないかと問題視されてきたということがあります。

 

しかし、そう説明されても、「速度」と「速度の温度係数」って何?どう関係してるの? って普通は思いますよね。だから、記事の誤解も無理ないのかもしれません。この研究内容について、もう少し詳しいことが知りたいというレアな方がいましたら、研究所の広報の方がリードして書いてくれたインタビュー記事が、分かりやすいです。農環研ニュース99号の「土壌からのCO2放出は、温暖化でどれくらい加速する?」良かったらウェブで探してみて下さい。

 

字数制限がなかったとはいえ、自分で書いたプレスリリースよりも圧倒的に分かりやすいです。専門分野にどっぷり漬かった人間では、こうは書けないと思いました。やはりサイエンスコミュニケーターはとても大切な仕事で、どの研究分野においても、今後もっともっと必要とされると思います。原発事故後の情報の混乱を経験したであろう殆どの日本人が、その必要性を理解してくれるはず。サイエンスコミュニケーターの職が増えることを願っています。ポテンシャルを持った人材は、けっこういるはずです。